เข้าสู่ระบบ巨狼は私の首元しか見ていなかった。喰らい付こうと前のめりになったと同時、隠し持った最後の短刀、それを腹部に突き刺す。悲鳴が空気を引き裂く。そして痛みにより体を仰け反らしたのを見て、腹部を蹴り上げることで逃れることに成功する。
怯んだとはいえ、手元に武器がない以上はすぐにトドメはさせない。もう1匹もすぐそこまでやって来ていた。体当たりされたことで、大剣から少し離れてしまっている。再び手に取るには、目の前にいる手負いの巨狼を越えなければならない。だが眼前から脅威が迫っている以上、悩んでいる余裕はなかった。 ばねのように、膝を伸ばして跳び上がる。 跳躍先は痛みに食いしばる迫りくる巨狼。それを踏み台にして、己が武器の元へと躍る。体当たりされて手放してしまったため、剣は地に伏せっていた。拾い上げ、そして構える時間はない。迫りくる巨狼目掛け、柄頭を蹴り飛ばす。 咄嗟に出た行動だった。今まで剣を蹴って飛ばすなどやったことはなく、またやってみようだなんて思いもしなかった。もう何度受けたか分からない寄せによる圧力に、全うに斬るという攻撃では間に合わ「村長。まずは騎士様には何をしていたか聞かなくちゃならないんじゃないか?」 黒い羽織りものに肌着。それにくせっけの強い波の打った茶髪が特徴的な彼。鷲のように彫り深く、鼻も高い。歳は大体村長と同程度だろうか。「お初にお目にかかります。騎士のエメ・アヴィアージュと申します」 軽く頭を下げる。「副村長のラヴァーグだ、騎士様。まずは村にいない間、何をしていたか聞かせてくれるかい」 片手でろくろを回すような仕草をしながら、狡猾な相で笑う。それだけで、副村長は私に対して肯定的でないことが見て取れた。関係のないことだが。「ラヴァーグ、騎士殿が何してたかはクリエに聞いたじゃねぇか」「実際騎士様から聞かないと意味ないだろ?」 道理だ。 分かりました、そう言って事の発端である店主でと視線を向ける。「私はそこにいらっしゃる商店のご主人に依頼を受け、最近見かけないという商人を探しに村の外に出ました。ただ、当初はカルム村の周辺地理を把握する目的で出歩く予定でしたので周辺を捜索する程度でいましたが」「リアムが言うには、鎧を洗いたいからと言って川か泉を探してたそうじゃないか」「はい、その通りです。そこで、魔獣に囚われていた商人を見つけました。時間が遅くなってしまったのは森深くであったのと、魔獣と交戦があったためです」 なるほどね。 口角を引き上げながら、副村長はそう答えた。その所作は芝居じみていて、どこか私を疑うような、冷笑のような冷ややかな表情である。「クリエとの話に相違はないみたいだねぇ。でも野盗が現れたタイミングが都合が良くてさ、それを証明出来ないとこっちも手引きしたんじゃないかって疑わないといけないんだよ」 人を責めるを楽しむかのような、いびつな笑み。人を嘲るようなどろりとした敵意が、そこにはあった。「……証明しろということであれば、アセナ様がまたこの村にいらっしゃれば分かるかと」「それまで待ってろと言うのか、長い話だね」 もっともな返しだ。だが私にはそれ以上組み立てられる提案は
森を通り野原を通り、カルム村に到着したときには夜も深くなっていた。鎧の内の肌着は未だ濡れており、刺すような冷気が鋭い切っ先となって肌に突き刺さる。その痛みを伴いながら辿り着いた村の入り口。その前に立ち塞がる、長鎗を携えた見知らぬ女性。背まである栗毛に柔和なその顔立ち。茶色い外套だけが、彼女を外敵ではないことを知覚させる。「貴女が騎士様ですか」 棘のある、しかし不思議と皮肉な響きのない声色。「はい、その通りです。あなたは?」「……自警団のリーデと申します。お見知り置きを」 そう言って、頷くほどの小さな礼をした。額から離れた前髪が、力なく揺れている。 先日ここにいた、双剣の彼女が言った台詞を思い返す。曰く、自分ともう一人でここを護ってきたのだと。そのもう一人は巨躯の彼であることが判明している。つまり長鎗の彼女がここに立っているということは、現在何かしらの事情が発生しているかもしれないということだ。 仮にあの二人のどちらかが門番に立てない理由が出来たのなら、代わりに長鎗の彼女が立っているのにも頷ける。しかしそれが、もし村内の事情であるならば私には関係のないことだろう。私はただの騎士である。商人の奪還は村の物流に関わる問題で、私にも無関係ではないことだったため介入しただけだ。 私が介入してなんになろうか。「失礼ですが、騎士様は今までどちらに」「商店のご主人に依頼されて南の森におりました。近頃贔屓にしている商人を見かけないとのことで、その捜索を」「どうして南の森に?」「鎧を洗いたかったので。川か泉は近くにあるか番人の方聞いたところ、森の中にあると」「……なるほど。クリエさんの言ったことと差異はないようですね」 確認するかのように口に出す。クリエという人物に覚えはないが、話の流れから店主のことだと思われる。一体何を確認しているのか、彼女の言い回しはどこか訊問じみていた。 まさか逃げたと思われているのだろうか。しかし自分は店主から頼まれ、そして何人かに己の行動を報告して言ったはずだ。その者達に尋ねれば筋は通る。そして
「あれ、あたし……」 状況が呑み込めないという風に上半身を持ち上げる。まだ少し意識が混濁しているのか、こめかみ辺りを押さえて一つ息を吐く。「メリサンドと話してて、急に眠くなって、それから……」 確認するように、ぽつぽつと独り言ちる。恐らくは魔獣に眠らされる手前の記憶だろう。話していて、という点から、少なからず遠い存在ではなかったことが窺える。「アセナ……」 池の中央で、顔だけを水面に出した状態の魔獣が誰かの名を呼ぶ。それが風使いの名前であることは想像に難しくない。「メリサンド。ねえ、どういうことなの。どうしてこんなことをしてしまったの」「それは、その。私」 一目惚れしたから。魔獣はその話を切り出すのに、一種の辛さを感じているようだった。伏し目になり、いじらしく両手で鼻を覆う。その仕草は完全に人間の女性で、肌が水色でなければまさしく乙女そのものといっても差し支えないほどだ。先ほど水面下で私と戦っていたあの魔獣とは、明らかに別の何かだった。「グリフォンに水をやるためにこの池に降り立ったあのとき、私はあなたに一目惚れしてしまった。だから」 だから幽閉してしまった。 これは自分のものだと。巣穴に持ち変える野生動物みたいに。「初めて話しかけてくれたあのときから、何度帰らないでと思ったことか。でももうさよなら。アセナは私を赦さないだろうし、こうして取り返しに来る人間がいるんだから」 言って、私へとちらりと刺すような視線。それにつられて風使いの目が私へ注がれるのを感じる。その雨滴めいた視線からはどことなく窮屈さを覚え、そこで私はフードを被っていないことにたどり着いた。「白髪にその落ちてる大剣……あなた、亡霊ね。フリストレールの白い亡霊」 風使いは一瞬だけ目を皿のようにして驚いたあと、しかし即座に表情を元に戻してそう言った。まさか戦地で一瞬見ただけの相手が私のことを知っているとは思わず、むしろこちらの心の内側に小さな波が立つ。ただ、その呼
途端。 魔獣が放つ輝きが弾けたように炸裂すると、視界が真っ白に奪われた。今まで経験したことのない光量に目が眩み、ただでさえ動きを制限されていた私は完全にその場で縛りつけられる。 戦闘において視界に対する依存度はあまりに高い。世には音や気配だけで戦闘を行える達人が存在するが、そのような訓練は受けたことがない。従って、私はこの瞬間において無力である。両腕を顔の前で交差させて盾を模すことが唯一の抵抗だが、ひび割れた鎧がどれほど役に立つか。 今度こそ、諦め時ということだろうか。いくら体が丈夫と言えど、こればかりは仕方がない。なにせ無抵抗の頭部があるのだ。どうにかなるものではないという苦い諦めが胸を覆う。 滲み出た汗が頬を伝い、そして落ちる。先ほど水浴びをしたばかりだと言うのに。 考えるのをやめて、大きなため息をひとつつく。 すると不思議な沈黙が訪れた。あれほど喚いていた魔獣はいつの間にかすっかり黙り、代わりに聞こえるのは喘ぐような呼吸音だ。焼けるよう暑さは少しずつ下がりつつあり、正常な空間に修正されていく。 文字通り渾身、という様を見せつけたのだ。何事もないはずがない。だがどうだろう。現に放熱は収まり、空間の振動は既にない。 唐突過ぎて事が呑み込めなかった。対処を諦めていた攻撃が突然消失したのだ。考えれば考えるだけ分からなくなる。 やがて拭い去ったように視界の白さが回復すると、果たしてそこにいたのは断続の急な呼吸で項垂れる魔獣の姿だった。力なく腕を前に垂らし、その佇まいには影を差しているように見える。炎熱による攻撃を受けていたのは確かに私だったはずだ。それによって私はその場に縛り付けられ、溶けてしまいそうなほどの熱で苦しんだ。まさか自傷する魔法を放つとは考えづらい。優位性は、たしかに魔獣にあったのだ。 であれば、考えられるのは自らを巻き込むほどの渾身の攻撃。しかし私を殺す前に自分が限界を迎えてしまった。私が至れるところはそこだった。もしかしたら疲弊していることが嘘である可能性もあるが、炎熱の影響から私が回復する時間を与えてしまっている。演技ならば視界を奪っている最中に攻撃しているであろうことから、その線は薄い。 どのみち、この猶予を無駄
「関係ない、だと。お前には分からないだろう。彼女に恋焦がれるこの感情が」 分からない。魔獣が人に惹かれる理由など。そして、その感情が分かることはこの先もきっとないだろう。人に焦がれる感覚すら分からない私に、そんなことを聞くこと自体見当違いだ。「分かりませんとも。魔獣が抱く感情など」 言うと、眼が血走った。怒りの色を唇に宿し、美人に作られた顔は本物の蛇めいて凶悪となる。しかしすぐに元の相貌に取り繕うと、ゆっくりと私の元へ近づき始めた。「綺麗だ。そう思う感情は人も我らも変わらないだろう」 たしかに。 一瞬思い、すぐに振り払う。 人の言葉を話す魔獣というのは思ったよりも厄介だ。こうして人に近しい感覚を匂わせて甘言としている。人と魔獣はお互いに、領域外の存在だ。抱く感情が一致するなど、それこそ獣と心を通わすに等しい。 だからこそ、眼前の状況に理解が出来ない。魔獣が人を大事に持つなど、愛玩する以外に考えられないのだ。魔獣とは、人に害を為す存在ではなかったのか。 風使いの彼女に恋焦がれているなど、信じられるわけがない。目の前にいるアレは、獣なのだ。「人ならば理解してもらえると思ったが、無駄か。仕方ない」 ふふ、と力なく笑ったあと、表情から感情が抜けていく。その顔には諦めという感情が含まれており、そうして魔獣は臨戦態勢を取った。 腕を振りかざし、一振り。 瞬間、戦闘が始まったのだと自覚した。 そのひと薙ぎは中空に青白い刃を出現させ、水中という抵抗を物ともせずに私へと襲い掛かる。大剣という手っ取り早い防御手段がない今、鎧で受けるしかない。賜った鎧の防御力を軽視しているわけではない。しかし風の刃という、防げるかどうかも分からない攻撃に対して、防御手段一つでは心許ない気がする。 投擲された風刃を腕当てで受けると、それは鈍い音を立てて雲散霧消した。一撃一撃に鉄を痛める音がする。このまま刃を受け続けた場合、鎧が砕けるのは時間の問題だろう。 だが地の理は圧倒的に魔獣のほうにある。移動速度には比べ物にならないほど差があり、今の私は格好の的でしかない。 やはり大
「何者、ですか」 足は枷でも嵌められたかのように動かず、私をその場所に拘束するに十分な力だった。腕の色から推測するに、どう考えても魔獣の類であることに違いない。「お前こそ誰だ。私のものを奪いに来たのか」 分からない。 分からないが、相手は余程大事なものを抱えているらしい。 腕はそのまま私を引きずり込もうともう片方の腕も出して、引っ張ってきた。足先が、まるで沼に嵌っていくかのように、緑の領域に沈んでいく。自分の領域に引きずり込んで、私を溺死させるつもりだろう。魔獣の領域に引きずり込まれるなど、何があるか分かったものではない。 胸を炙るような焦燥感が私を襲う。腕は全く引き剥がすことが出来ず、ずぶずぶとこの身が沈んでいき、自分の視界が狭まっていくのが分かる。心臓の鼓動が早鐘を打ち始め、えも言われぬ不安が私を締め付けてきた。 早く対処しろ。そう頭の中に囁き声が充満するが、腕の拘束は全く緩まない。思考が渦巻いて、行うべき抵抗を体に伝達することが出来ない。焦燥感の洪水と共に、体は緑の領域へと飲み込まれていく。当然、要する時間はわずかに過ぎずその引力によって私の体は十秒と持たず飲み込まれた。 お前は村を守るという任すらこなせないのか、役立たずめ。 そんな誰かの罵倒を抱きながら。 しかし無念さとは裏腹に、水面下は一面緑色の世界で、水中に似た感覚を持ちながら呼吸が可能であった。水深は先ほどの泉と同じ程度だろうか、そこまで深いわけではない。緑色に囲まれたその世界は、まさしく異界と呼ぶに相応しい空間である。呼吸出来ることから推測するに、恐らくは水面下に引きずり込むこと自体に意味があるのだろう。 視界を下に向けると、両腕の主の姿がそこにはあった。 金色の長い髪に水色の肌を持った、人離れしたその女性。涼しく刺すような綺麗さに、一枚布を体に巻き付けてゆらゆらと漂わせる。特筆すべきは背中に生えた翼に加え、下半身の蛇のような体だろう。 その携えた蝙蝠めいた翼と尾、それだけで彼女を魔獣という脅威たらしめていた。「彼女を連れ戻しにきたんだろう。許さん、殺す」 分からない、まるで別の国の言語のような言







